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高校三年の夏は本当に楽しい季節でした。
二人で富士五湖へのキャンプに出掛け、まるで小学生みたいにはしゃぎまわりました。
その余韻が冷めない晩夏のある夜、Kさんがお店にやって来ました。
年の初めに入院されてからずっとお酒はやめていたはずです。お店に来るのなんて、本当に久しぶりで店長さんとかもすごく驚かれてました。
『よう』軽く手を挙げながらの以前のままの挨拶。
『なんだい、久しぶりだねぇ!どうしたんだい?ずいぶんスマートになっちゃって!』
『色々ありましてね。…直紀君、生な?』
僕とKさんの間柄は秘密だから、僕からは何も言えません。出された大ジョッキを持っていくと、Kさん一息で半分を空けちゃいました。
『お酒、大丈夫なの?』
小声でそっと尋ねました。『あ?…心配すんな、自分のことは自分が一番わかっとる』
『でも…』
『えーから。今日は飲まんと気が済まんのや。ほれ、おかわり』
『…』
空のジョッキを手に厨房に入りました。
それからのKさんときたら以前の豪快な飲みっぷり、食いっぷりでした。他のお客さんとも意気投合して、差しつ差されつ…。
Kさんの体のことを知ってる僕は気が気で仕方ありませんでした。
『直紀君、えらい人気者やな!』
『そうなんですよ。今じゃウチの自慢の看板息子ですよ』
店長さんと話すKさんに日本酒をお持ちしました。
いつもなら僕から注いであげるのですが、この時はする気になれませんでした。『どした?注いでくれへんの?』
僕の気も知らないで振る舞うように思えて、何となく腹立たしく思いました。
『Kさん!飲みすぎですよっ!』つい言ってしまいました。
それが思いがけず、怒気を含んでいたのかも知れません。
Kさんも店長さんも隣のお客さんも呆気にとられたようになりました。
『…お兄ちゃん、急にどうしたのよ?』
お客さんに言われて、はっとしました。何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がしました。『直紀、お客さんに向かってそんな言い草はないだろう?』
するとKさんが手を上げて制しました。
『…いや、彼の言うとおりですわ。…今日は帰りますわ』
『ああ、Kさん!』
Kさんが立ち上がります。店長さんが目配せしたので僕はレジへと走りました。『…ごめんなさい』
『ええんよ。俺もお前の気持ち知らんで、悪かった』会計をしながら、小声でやりとりしました。
『大将、すんません。また来ますわ!』
外に出てKさんをお見送りします。
残暑の夜の、むっとした空気が立ちこめていました。『日曜、いけるか?』
『うん…』
『ウチでゴロゴロしよか』『うん。…なにか埋め合わせするね?』
髪を撫でてくれました。笑顔で僕の顔を覗き込んでくれましたが、何となく寂しさが見え隠れしてました。『ええねん。気にすんな!…それより、戻る前におっきい声ですんません、って言うときや?…大将に怒られんようにせんと』
『はい。…ごめんね、ほんとに…』
Kさんはもう一度、笑顔を見せると歩きだしました。僕はその背中を見送っていましたが、ひどく切なく見えて、自分が情けなく思えて、涙が出てきました。
『申し訳ありませんでした!お客さま!』
ありったけの声で叫びました。
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